2008年04月10日
6 <父の人物象その①>
私は、軽井沢摩耶をオープンしてから休むことなく接客をしてはジーンズを販売する
毎日を送っていた。一方、父もあれから特に体には変化が無く、京都で普段と変わらず
仕事に励んでいる。会社のショールーム(現田中豊享の店)の専用椅子に座り、
日々来社するお取引先との対話で忙しいようだった。
しかしそんな合間をぬって、父は毎日軽井沢の店に電話をかけてきていた。
内容はいたって簡単!店の電話が鳴り、私が電話に出ると・・・
“おい!どや!!忙しいか?天気はどうや?人出はあるか?”といつも父が尋ねる!
そして私が“今日は天気もいいし忙しい!”とか“今日は人出が少なく暇や!”と話すと・・・
父は“そうか!まあ頑張れ!!”といって“ガチャン”と電話を切る!おそらく1分間も話してない!
別の話をしようとして“あのな”と言った瞬間には電話が切れている・・・。
なんて電話が早い親父なんだ!と私はいつも思うのだが、分らないことでもない・・・。
実は私も、父ほどではないが用件さえ伝えればすぐに電話をきっている。
やはり血が繋がっているからか・・・?
少しづつ田中豊享がどんな人物かをご理解して頂いているかと思いますが、
ここであらためて紹介しましょう!
とにかく “頑固一徹で落ち着きが無く、思い立ったら即行動し、猪のように突き進む”性格!
何度も言うが、家族や職人達、周りの人間はついていくのがとにかく大変です!!
ある日の職人とのやり取りのこと・・・。
両手が不自由になった父は、自分でバッグのデザイン画を書くことができず、
忙しい母に代筆を依頼した。母が書く絵は、はっきり言って“下手だ!”
それでも何とか父の思い通りにデザイン画を書き上げ、
これを職人に見せて打ち合わせをする。父は、職人に事細かに説明をするが、
困難な要求のため、いつも職人が悩んでしまう!それでも職人は何としても形にしようとし
仕事を始めるのだが・・・。
ニ日後くらい、父が職人に “どや!出来たか?”と聞くが・・・
職人は “そんな早くに出来上がるわけが無い!” と怒る!
職人は、別のバッグの生産に追われて大変忙しい!そんな中、どのようにパターンをおこすか
などイメージする時間も無い!だから怒るのも無理はない!
父は、デザインやイメージを伝えれば、二日後には形になって出来上がるものだと
思っている。何とも自己中心的な考えだ!
しかし、何故か父の考え方が理解できる私がいる・・・。つい重ね合わせて笑ってしまう・・・!
でも本当に周りの人は大変だ!!それでも皆 “ブツブツ” と文句を言いながらでも、
今までやってこれたというから不思議でしょうがない!
皆が父の事をよほど理解しているからこそ、数々の不可能を可能にしてきたのだろう!
皆に感謝!!
7 <父の人物像その②>
父は仕事の関係者や知人の中で、『田中先生』と呼ばれている。
プロフィールでもご紹介したが、バッグの事業を創める前は、数社メーカーの
顧問並びにクリエーターとして活動をしていました。あらゆる商品制作に携わり監修
してきた父は、自身でも図案や文字を描くなどで、他では真似の出来ないヒット作を
世に送り出していた。
この当時から、“絶対妥協は許さん!” “余所にないものを創る!”
“スピーディーに!” が口癖だった・・・。
色や形、出来上がり具合などは常に完璧でなければならない!
少しでもダメな部分があると、一からやり直しという事もしばしばだった・・・。
職人が作りやすいモノは、余所でも作れるから胸をはって歩けない!
頭を切り替え、別の仕事をすばやくこなす柔軟性が大事!という意味を持つのだろう。
事実、父がこなす仕事は非常に素早い!たまに“アッ”とミスはするが、
これをさらに完璧に仕上げる!そして自分のやるべきことが終わると、後は人に託し
また次の新しい事を考える・・・。
ここで前編の<父の人物像その①>でもつづった内容を振り返って頂きたい。
父の頑固一徹でセッカチな性格や普段の職人とのやり取りというのは、言い換えれば
モノ創りに対する“スピリット”なのだと・・・そしてこの精神こそが、
人と人との繋がりをつくり、仕事仲間や職人達との信頼関係を築いてきたのでは
ないかと私は思う・・・。
だから現在でも『先生』と呼ばれているのだろう・・・!